【技の壺】将棋の駒に技アリ〜駒の魅力を味わう3つのツボ〜
兄が将棋の達人だった。
そんな兄を持った私は、幼い頃から将棋のルールをたたき込まれ、
毎日のように対局させられた。
兄は8つも上なので、かないっこなく、
駒落ちでも負けて(しかも八枚落ち。金と歩だけ。)
よく泣かされていた。
将棋って、なんだかとにかく、負けると悔しいのだ。
私にとっての救いは、本将棋のほかにも、
まわり将棋、山崩し、はさみ将棋という遊びがあったこと。
涙は絶えなかったが、将棋は、兄が私と遊んでくれたかけがえのないツールで、今でもよい思い出だ。
そんな幼い頃の記憶も相まって、
サムネの「とーかく」将棋駒、オーダーメイドで作ってしまった。
どこで作ってもらえるのか?
今回は、そのご紹介を含め、将棋駒の魅力について、製作技術のポイントや鑑賞法を、3つの「ツボ」に絞って紹介したい。
壺の一、木目とさわり心地
山形県天童市。明治10年創業、将棋駒専門の製造元である中島清吉商店の代表、中島正晴さんにお話を伺った。
店内に並べていただいた将棋駒もさることながら、藤井聡太さんが、人間将棋に訪れた際の写真も目をひく。
――将棋駒といっても、いろいろあるのですね。
プロの対局で使用する将棋駒は、何が違うのですか。
中島:一つは、駒の材質ですね。
――使用する木材にもこだわりがあるのですね。
中島:当店では、ツゲ、オノオレカンバ、イタヤ楓の3種類の木材を使っているのですが、プロの対局ではツゲの駒が使われます。
――ツゲの何がよいのでしょうか。
中島:木目がきれいなんです。最高級品は、木地師が、仕上がりの木目を意識して、一枚の駒に切り離す工程を手作業でします。
――木地の段階で、最終形をイメージするんですね(驚)
中島:あとは、適度な硬さと強度があり、駒を打つときの音が素晴らしいです。
――わかります!やっぱり音は大事ですよね。
中島:もう一つの違いは、盛り上げ駒であることです。
――もりあげ、ですか?
中島:字の部分を直接筆で書いたのが「書き駒」、
木地を彫り、彫った部分に漆を塗ったのが「彫り駒」、
彫り上げた駒の溝に数回に分けて漆を入れ、木地の高さまで埋め込んだものが「彫り埋め駒」、
そして、彫り埋めしたあとに、さらに漆で文字を盛り上げたのが「盛り上げ駒」です。
――なるほど!たしかに、さわり心地がいいです!
これがプロが使う将棋駒かぁ~
と感無量で将棋盤に駒を打つと、
カチッと素敵な音が鳴った。
奥の工房には、職人の方々がいらっしゃり、
ちょうど木地成形の作業の最中だった。
――中島さんは、ご自身も木地師である傍ら、山形県将棋駒協同組合の理事長も務めていらっしゃるんですよね。
中島:後継者育成講座を実施して、若手職人の育成にも努めています。天童将棋駒の伝統や技術を永く継承していきたいですね。
――将棋ファンがもっともっと増えるといいですね!本日はお忙しいところ、ありがとうございました!
壺の一つ目は、木目とさわり心地。
職人がこだわって切り出した木目の美しさと、
丹念に何度も漆を塗り、文字を盛り上げた将棋駒。
盤に打った音の素晴らしさを味わいたい。
壺の二、地域ブランディング
将棋駒の生産量が全国シェア90%以上を誇る山形県天童市。
市内をぶらりと歩くと、さまざまな将棋駒と出くわす。
天童駅前では、赤い将棋駒のポストがお出迎え。
歩道には、詰め将棋が。
思わず腕を組み、立ち尽くしてしまう。(とりあえず金を打つか・・・?)
しばらく歩くと、「と横丁」という屋台村が目に入る。
「と」とは、もちろん歩成のことだろう。
近くの天童温泉でひとっ風呂浴びて、散歩がてら、と横丁で屋台をはしごする。まだ昼過ぎなのに、そんな妄想が膨らむ。
見ると、店の外には将棋盤ならぬ、将棋テーブルが。
将棋駒さえ持ち込めば、将棋が指せる。なんてアウトドアな将棋だ。
せっかくなので、人間将棋で有名な舞鶴山に行ってみた。
人間将棋とは、その名のとおり、人間が武者や腰元の格好をして、将棋の駒となり対局を行うイベントだ。毎年、4月中旬の桜咲く山頂で開催される。
まず目にとまったのは・・・トイレ。
入口のドアの形も、トイレ表示も、将棋駒の形を思わす五角形なのだ。
天童市、どこまでも徹底している。
そして山頂広場の階段をのぼり、将棋盤を見る。
緑の芝生の上に大きな将棋盤・・・きれいだ。
そしてここは、桜の名所と呼ばれる舞鶴山。
しかも人間将棋を指すのはプロ棋士だという。
お花見も将棋も楽しめるイベント、人間将棋。
将棋は屋内で楽しむ、というイメージは覆された。
道の駅天童温泉に足を伸ばすと、
足湯でくつろげる憩いの場があった。
もちろん、温泉は将棋駒の形をしている。(もう驚かない)
道の駅内の「もり~な天童」という建物の前に、
”天童将棋駒製作実演”と書かれた看板を発見。
中では、彫り師の方が、駒づくりを披露していた。ちょうど文字入れの最中。
近づいてみると、オリジナル将棋駒を製作依頼できるとの案内紙が。
お願いしない手はない。
迷わず、サムネの「とーかく」将棋駒を作っていただいたのだった。
※後日、郵送で完成品が届きました!!
将棋のまち、山形県天童市。
また行きたい、そう強く思わせる町だ。
(取材後もプライベートで遊びに行っているのは、ここだけの話)
壺の二つ目は、地域ブランディング。
伝統的な技術や文化とともに、豊かに暮らす日常。
その核に、将棋駒がある。
壺の三、五角形によるゲーム性
2024年8月、宮城県仙台市。
小学生とその保護者向けに「夏休みこども見学デー」を開催し、
66将棋(ろくろくしょうぎ)体験コーナーを設けたときのこと。
会場に多くの小学生がつめかける中、
将棋コーナーにどれだけ来てくれるのか・・・心配していると、
「将棋、習ってます」の声。
それならぜひ!と、手合わせすると、
「お願いします」と、はじめの挨拶を欠かさず、
対局中はおしゃべりを控え、「待った」も言わず。
礼儀がよくて、驚きと感動を覚えてしまう。
その後も、全国大会の優勝者が現れるなどして盛り上がり、多くの小学生に参加いただいた。
だが、驚いたのはこれだけでない。
この日初めて将棋に出会い、
将棋にハマった小学生が、何人も現れたのだ。
彼らを虜にしたのは、やはり将棋のゲーム性だろう。
個人的には、”持ち駒”が面白みを広げているように思う。
※将棋では、相手から取った駒は、自分の手中でいつでも使える「持ち駒」となる。
将棋駒には、チェスや囲碁と違って、色分けや形の区別がなく、敵味方が共通の駒を用いる。
五角形の形の向きで、敵味方の駒の区別をするため、持ち駒のルールが存在できるのだ。
兄と将棋を指していた幼い頃、
駒台の上の自分の持ち駒をチラッと見たり、
持ち駒を好きなところにカチッと打ったとき、
なんとも言えない快感を覚えたのを思い出す。
持ち駒の由縁は諸説あるようだが、
たとえ敵に取られても、”戦死”することなく、次の活躍の場面がある。
持ち駒ルールには、そんな日本の精神文化が息づいているようにも思う。
最後の壺は、五角形によるゲーム性。
五角形に文字を入れたシンプルなデザインが成せる持ち駒ルール。
ゲームの奥深さとドラマチックな局面を生み出すとともに、
失敗しても大丈夫、何度でも復活して活躍できるという不屈の精神をもたらすのかもしれない。
伝統的工芸品である天童将棋駒
山形県を産地とする天童将棋駒は、
国の伝統的工芸品に指定されている。
「伝統的工芸品」と聞くと、美術品をイメージするだろうか。
伝統的工芸品は、法律で定められた指定要件の一つに、「主として日常生活で使われるもの」とあり、つまり日用品である。
日常生活に豊かさと潤いを与え、日本文化が凝縮された工芸品。
その伝統的な技術と産地を守り、地域経済の発展を目的として、
国による伝統的工芸品の振興がスタートしたのは、昭和49年(1974年)5月のこと。
しかし、日本人の生活様式や慣習の変化による需要減、後継者不足など、
伝統的工芸品を取り巻く環境は、未だ厳しい。
そんな中、今もなお日常の中にあり、高い人気を誇るのが、
日本の伝統的ゲーム、将棋だ。
その人気の要因は、将棋をテーマとしたマンガやドラマもあるが、
やはり、将棋界に幾度も出現する「人気プロ棋士」の存在が大きいだろう。
1996年、羽生善治さんが、史上初めて7大タイトルを独占したときの兄の興奮ぶりは、今でも目に焼き付いている。
兄はよく、”羽生さん”の扇子の仰ぎ方や、将棋の打ち方をマネていた。
※兄から教わったプロ棋士は他に何人もいるのだが、割愛させていただく。長くなってしまうので・・・
最近では2023年、藤井聡太さんが、
21歳2か月で将棋界で史上初となる8大タイトル独占を果たし、
空前の将棋ブームを巻き起こしている。
インターネットTVで、対局の様子をリアルタイムで視聴できるようになったことも、人気に拍車をかけているように思う。
さて、藤井聡太さんが、AIを使った研究が深いことで有名であるなど、
近年は、インターネット対局や、オンライン将棋ゲームが普及して、
将棋駒を使わなくても、将棋ができる環境になった。
しかし、プロの対局はリアル将棋。将棋駒を必ず使う。
静寂に包まれた対局室。耳を澄ませば、棋士の息づかいや着物がすれる音が聞こえる中、
カチッ。
将棋駒を打つ音が響くと、空気が張り詰める。
それがいい。
将棋駒なくして、将棋は語れない。
文:ともとも