見出し画像

【移住】「なんとなく」で遠野市に移住したデザイナーの阿部さんは、理想の仕事に出会う。(岩手県遠野市)

遠野市街を歩いていると、とびきり目を引くおもちゃ屋さんがある。

サンホビー
1977(昭和52)年創業。遠野市にある老舗おもちゃ屋さん。
遠野の子どもたちの理想郷ユートピア
〒028-0523 岩手県遠野市中央通り5-5
[営業時間]10:00~18:00
[定休日]毎週火曜日

思わず惹きつけられてしまう暖簾には、「だがし」「プラモ」「ドール」など心躍る単語が並ぶ。
この暖簾をデザインしたのは、2021年に遠野市に移住したデザイナーの阿部拓也さんだ。
なかでも特徴的なのはこのロゴ。

レトロでシックでとってもキュート!
サンホビーではロゴをデザインしたシールも販売中!
(写真提供:サンホビー)

(阿部さん)
「はじめはロゴを使いたいというオーダーではなかったんです。お店に伺ってデザインの相談をしているうちに、創業当時から使っている紙袋を見せてもらえる機会があって。そこに描かれているロゴがめっちゃかわいくてその場で盛り上がってしまったんです(笑)。お店の方とお話しながら、そのロゴを使ってデザインしました。それから、お品書きのように『おもちゃ』『だがし』などの文字を入れました。お店に暖簾が掛かる前は、店先だと何屋なのか分かりづらかったんですよね。お品書きがあるとわかりやすいし、『おもちゃ』の文字があるとワクワクしますよね。」

なるほど実用的ながらどこか親しみがあり、ふらっと立ち寄ってしまいたくなる、そんなデザインだ。暖簾のデザインが評価され、阿部さんは、一般社団法人 岩手アートディレクターズクラブ(岩手ADC)が主催する「岩手ADC Competition&Award2022」でグランプリを受賞した。

(阿部さん)
「審査会でグランプリを受賞した時、審査委員長からは、『最近はこれほど愛のある仕事はない。地域やお客のことをよく考えられている』と講評いただきました。遠野に移住したことは、自分がデザイナーとして活動する意義を改めて感じるきっかけになっています。」

阿部さんがデザインしたカッパの頭の形をしたバードコール「森のともだちkoppa(こっぱ)」。
おもちゃ屋サンホビーと丸順工務店(遠野市)の合作。
遠野の豊かな森への思いが込められている。(写真提供:サンホビー)

遠野市への移住、その背景とは

阿部さんは、秋田県生まれ。仙台市の印刷会社でアートディレクターを経験したのち、2018年に独立。2021年遠野市に拠点を移し、グラフィックデザイナーとして活躍している。

一見、遠野市への移住は脈絡がないように思えるけれど、きっかけはなんだったのだろうか。
阿部さんの移住体験記を通じて、遠野市の魅力を探っていく。


○「なんとなく」ではじめる移住生活

――率直に、移住のきっかけは何だったのでしょうか。

(阿部さん)
「移住した当時(2021年)はコロナ禍でした。何もできないし、どこにも行けなかったですよね。予定していた海外旅行もキャンセルになってしまって、とても窮屈な毎日でした。鬱々としているのも嫌だったので、何か環境を変えようと思い、”今とは違う場所に住んでみたい”と妻と話し合ったんです。まずは仙台市内で物件を探したんですが、あまりグッとくるものがなくて。仙台市から地域を広げて探していくうちに、ふと遠野の物件を目にしたんです。」

遠野に移住するのも良いんじゃないかな?

はじめは、パートナーの麻衣子さんと冗談半分で話していた阿部さんですが、将来を考えた時、遠野市での生活が現実味を帯びてきたそう。

(阿部さん)
「仙台でこのまま10年、20年と生活し続けることを想像したら、なんとなく未来が見えてしまった。このままキャリアを積んでいけば、きっとこんなポジションで、あんな仕事をしているんだろう、みたいなことがすごく予想できてしまったんです。それって面白くないなって思ったんです。遠野に移住すれば、これから自分たちがどうなるか予想がつかない。そこに魅力を感じたんですよ。なので、特に目的もないままに、なんとなく移住したんです。」

――ご自身のキャリアや安定を捨てることにもなりかねない大きな決断だと思いますが、それだけ遠野に魅せられたということでしょうか。

(阿部さん)
「冷静に考えれば、当然仕事がなくなることが予想できたし、知り合いもほとんどいないアウェーな環境でちゃんとやっていけるのかすら分からなかった。身内に話したときは、“何でわざわざ不便なところに住むの?”という反応でしたね。何かに呼ばれたような、そんな気がするんです。実際住んでみると、不思議な土地だなと。個性的な人が沢山いて、面白い地域です。遠野の不思議な魅力が、今はなんとなく分かってきました。」

○新天地で0からのスタート

移住生活をはじめたら、まず大事なのは仕事。
手を差し伸べたのは、地域情報に精通する商工会だ。
阿部さんは、遠野商工会の河内さんと出会い、活躍の場を広げていく。

(左)デザイナー のはら代表 阿部 拓也さん(右)遠野商工会 経営指導員 河内 夕希枝さん

――遠野に移住したばかりの阿部さんをサポートしたのが河内さんだったんですね。どのようにサポートしていったのでしょうか。

(河内さん)
「阿部さんが移住した時に、今まで阿部さんが行ってきた仕事を伺ったんです。多くの実績があることがわかったので、専門家として活動できると思い、エキスパートバンク(商工会の支援制度)に登録してもらいました。
そして、地域の方からデザインに関する要望があった時には、“今度こんな人が来たから頼んでみるね”と阿部さんを紹介して、専門家として活動してもらいました。依頼した人たちの間で評判が広がれば、遠野だけでなく、岩手県全域で仕事を依頼してもらえるようになりますからね。」

エキスパートバンク(専門家派遣制度)
商工会の支援制度。商工会に登録された各分野の専門家(エキスパート)を無料で派遣し、具体的・実践的な指導やアドバイスを行う。

(河内さん)
「阿部さんもだんだんと各地に呼ばれるようになって、この間は軽米町かるまいまち(岩手県北部の町で、青森県との県境に位置する。遠野市から車で2時間以上の距離!)まで行ってもらいました(笑)」

(阿部さん)
「最近は住田町すみたちょう(岩手県東南部の町で、遠野市に隣接)でも仕事の依頼がありました。製品パンフレットやラベルのデザインで相談を受けています。商工会のつながりで、お仕事のお問合せも増えていますね。」

■遠野商工会 河内さんが支援したピッツァ店の記事はこちら

遠野商工会では、起業を志す人々の経営サポートはもちろん、「何かあったら商工会へ」と、いつでも商工会に相談できる体制を整えており、U・Iターンした人からの起業相談も多い。
また、起業していない方には、地域おこし協力隊の制度もある。

遠野市では、2015年から地域おこし協力隊制度を活用し、起業する意欲のある都市部の人々を受け入れている。
地域課題をプロジェクト化し、熱意のある人を募集することで、より地域に根付けるようにする取組だ。

そうした取組が実を結んで、だんだんと移住者が地域で活躍するようになり、日々魅力的な活動が進められている。

○“このまちにはこれが必要だ” 地域の課題が仕事になる

1~2年は仕事がなくなる覚悟だったと言う阿部さん。
移住後にはやりたいことが自然と増え、今では仙台にいた頃よりも忙しいという。

(阿部さん)
「こっちに来てから、しし踊りに参加したり、廃校を利用して妻と一緒に絵画教室を開いたり、やりたいことが自然と増えていきました。今では、仕事と地域との関わりが半々という感じですね。地域の人と仲良くなるという意図がある訳ではなくて、生活する中で、“このまちにはこれが必要じゃないか”という気づきがあるんです。」

阿部さんと麻衣子さんは、廃校を利用して絵画教室をはじめた。
子どもたちをはじめとした地域の人々に芸術・文化に触れる機会を作るため、月に2回程度開催している。

――地域の課題から新たな取り組みが生まれる中で、移住前の仕事の仕方と変わったことはあるんでしょうか。

(阿部さん)
「独立前は会社勤めだったので、組織の制約がある中で仕事をしなければならないし、顧客の顔が見えないまま仕事を進めることも多かったので、愛のある仕事ができなかったんです。それが自分としては嫌で。仙台で独立してからは、顧客と直接会うようにして、話をしながらデザインを作るようにしているので、相手との距離の近さにはこだわっていました。こっち(遠野)だと、その距離がもっと近いですね。」

○『ノンナアンナ』のロゴデザイン

阿部さんは、前回取材したピッツァ店「ピッツェリア&バル ノンナアンナ」のロゴデザインを担当している。

ノンナアンナ店主の石田さんと阿部さんは、移住前からの仲だ。
阿部さんのパートナーの麻衣子さんは、画家として活動している。2018年に「オシラサマ」をテーマとした作品で「佐々木喜善賞」を受賞。その時に遠野市役所の担当課長だったのが石田さんだったそうだ。

佐々木喜善賞
日本のグリム・佐々木喜善の業績を記念し、『遠野物語』あるいは遠野にゆかりのある内容で、未発表のオリジナル作品(論文、小説、エッセイ、写真、映像、絵画、マンガ、他)を募集し、優秀作品を表彰する。

一般社団法人遠野市教育文化振興財団 令和6年度佐々木喜善賞 募集要項より 

――どのように石田さんの思いをデザインに落とし込んでいったのでしょうか?

(阿部さん)
「はじめは石窯や遠野の風景だったり、いろいろなアイデアを提案していたんですが、石田さんがアンナさんを思う気持ちを尊重したくて、アンナさんをイラストで書いた案をベースにして決めていきました。」

(石田さん)
「とことん話し合うといった固いものではなくて、試作のピザを食べてもらったり、世間話をしたりしながら自然体で進めていきましたね。」

――ノンナアンナのデザインは、良い意味で砕けた、率直な対話の中から作り上げていったんですね。

(阿部さん)
「本当に理想的な仕事の進め方でした。石田さんのことは良く知っていて信頼できる方ですし、そんな方がピザ屋をはじめるために前向きに取り組んでいる。自然と応援したいという気持ちになりました。お互いに信頼関係があるなかで、正直な意見を言い合いながら作っていくことで、できあがった後も大事に使ってくれて、デザインした私としてもうれしいですね。」

こうしてできあがったノンナアンナのロゴ
アンナさんが生地をこねている様子がデザインされている
若かりし頃の石田さんもこうして調理風景を眺めていたんだろうか

○郷土芸能との出会い。更に広がる地域との関わり。

今では忙しくも充実した毎日を送る阿部さん。
郷土芸能と出会い、更に活躍の場を広げている。

(阿部さん)
「こっちに来てみて、”こんな面白いものがあったんだ”と新しい気づきがたくさんありました。そのひとつが“しし踊り”です。市内の仕事仲間に誘われて参加するようになりました。参加していくうちに地域の郷土芸能が抱える課題が分かってきたので、同じ思いを持った仲間同士で集まって試行錯誤しています。」

遠野の郷土芸能
遠野では、神楽やしし踊り、南部ばやしなど60を超える郷土芸能の保存団体が活動しており、9月の第3土・日曜日に市内の中心市街地で開催される「日本のふるさと遠野まつり」や神社の例大祭、郷土芸能発表会等で、永きにわたり伝承されてきた舞が披露されています。

遠野市HPより
阿部さんが参加する「張山しし踊り」の様子(写真提供:遠野市文化課)

(阿部さん)
「地域で活動する中で新しい取組が生まれていっています。
一つ興味をもって入っていくと、そこから色々な広がりがありますね。
遠野独特なのかもしれないですが、広がるスピードも速いです。アイデアを出してみると、『それいいね、やってみよう』とみんな前向きです。」

阿部さんが描いた漫画『僕の遠野日記』。
遠野に移住し、人々と出会い、日々を紡いでいく、そんな生活の様子がユーモアたっぷりに綴られている。

遠野市で暮らし続けて来た人も移住者も、地域と関わり合いながら毎日を過ごしている。そうした日々の営みのなかで、これからも新たな“遠野物語”が生まれていくんだろう。

(左)グラフィックデザイナー のはら代表 阿部 拓也さん
(中)遠野商工会 経営指導員 河内 夕希枝さん
(右)ピッツェリア&バル ノンナアンナ店主 石田 久男さん


【取材日記】不思議なまち。遠野。

遠野駅校舎を出ると、早速出迎えてくれたのは超絶スリムなカッパ達。
12月の寒空の下、水も涸れているのに堂々とくつろいでいる。

想像していたよりも強面で子どもも泣いてしまうだろう。

街角にはこんな張り紙を発見。

こちらのカッパは全身を毛のようなものが覆っている。
駅前のカッパとは別種なのかもしれない。

遠野市観光協会では、「カッパ捕獲許可証」を販売中。(¥220(内税))
これであなたもカッパハンターに。

こちらはイメージするカッパに近いが、肌が赤い種類もいるようだ。
多様性の時代だ。色んなカッパがいたって良いじゃないか!
(写真提供:一般社団法人 遠野市観光協会)

取材先に向かっていると、店先の方が「そこにいたら寒いでしょ。お茶っこ飲んでいきな~」と親切に声をかけてくれた。

偶然にも地域市が開催されていたのだ。
思わず遠野産のリンゴを購入。
少し重くなったリュックを背負って、取材先へと向かったのだった。

見出し画像:阿部 拓也さんとパートナーの麻衣子さん
文:名探亭なんさいや

HP

#遠野市 #岩手県 #移住 #Iターン #デザイン #デザイナー #郷土芸能 #商工会 #地域 #暮らし #カッパ #東北経済産業局 #経済産業省