350年の伝統と400層の包丁(津軽打刃物:二唐刃物鍛造所)
おはこんばんにちは。
東北経済産業局にて地域資源・伝統的工芸品を担当しています、Kです。
東北地域には、確かな技術や歴史に裏付けされた全国的にも稀な工芸品が多く存在しています。私からはそんな東北の伝統工芸品(※)を色々紹介できればなーと思っています。
今回ご紹介するのはズバリ、「津軽打刃物」です。
(※)厳密には「伝統的工芸品」と「伝統工芸品」があり「国が認定しているかどうか」の違いがあります。「伝統的工芸品」⊂「伝統工芸品」であり、「的」の字一つで結構大きな違いがあるのですが、それを記すにはこの余白が狭すぎるため、詳しくは以下サイトの説明をご参考ください。
【参考:伝統的工芸品について:伝統的工芸品産業振興協会】
はじめに
今回、津軽打刃物をテーマにした理由は単純明快に
「鍛冶作業ってロマンだよな…」
という、それに尽きます。
人間一度は鍛冶作業への憧れを抱くものなのです。
ちなみに皆さんはいつ「鍛冶屋」という職業を知りましたか?
僕は全小学生が一度は手に取る児童文学の名作「デルトラクエスト」からです。
内から溢れるロマンを抑えることはできません。
早速青森は弘前へと出陣です。ブオオオーー(セルフホラ貝の音)
着きました。
新幹線はやぶさ号とJR奥羽本線を乗り継ぎ、仙台から約3時間です。
余談ですが、弘前駅を出る際に一番テンションが上がったのがこちら。
キャッシュレスライフを送っているので、Suica対応なのはとても嬉しい。
思わずググったところ、令和5年5月からSuica対応しているそうです。
ありがとうJR東日本。
二唐刃物鍛造所さんへ到着!
今回訪問したのは「有限会社二唐刃物鍛造所」さん。
二唐家は津軽藩より作刀を命ぜられて以来、350年もの伝統を受け継いでいる鍛冶の名門で、現在は過去からの伝統を引き継ぐ刃物事業部と、溶接技術を生かした鉄構事業部の2部門を設けています。
二唐刃物鍛造所の詳細な沿革については、会社HPにも掲載されているため、ぜひご覧ください。
取材は朝9時からだったのですが、朝早くから快く迎えてくださったのは現社長の吉澤 剛さんです。
「今回取材させていただく決め手になったのは、鍛冶作業へのロマンでして…」というアホみたいな理由にも優しい笑顔を向けてくれました。
早速工房にお邪魔し、刃物事業部の主力である「二唐包丁」の製作工程を見せてもらえることに!
二唐刃物製造工程①
包丁製作の素材はこちら。炭素量が多く硬い「鋼」を炭素量が低く柔らかい「地鉄」でサンドしたものです。鋼は硬いと同時に脆くもあるため、柔軟性のある地鉄で挟むことで強度が出ます。
素材は↑の写真のように、初めから鋼と地鉄が組み合わさっているものを鋼材屋から買うか、職人自らが選定した鋼と地鉄を炉で熱し組み合わせる「鍛接」という工程から行うこともあります。
今回、鍛接の工程は見ることができなかったのですが、二唐刃物鍛造所ではYouTubeに製造工程の動画をアップロードしているため、そちらも見てみましょう。
想像していた鍛冶作業そのもの!
動画でもテンション上がっちゃいますね。
動画では「鍛接」だけでなく、大まかに刃物の形を整える「荒延ばし」という工程も同時に行っています。
※ちなみに、作業を行われているのは、吉澤社長のお父様であり、先代社長の吉澤 俊寿さんです。
「荒延ばし」後、表面の酸化鉄を落とす「焼きならし」を行います。
(こちらも今回は動画でご紹介)
この後には低温で熱し、あく藁(藁灰)の中でゆっくり冷却する「焼き鈍し」という工程を行います。
二唐刃物製造工程②
ここまでの工程を経て、最初の素材から少しずつ刃物に近づいてきました。
これを「空打ち」という工程にかけていきます。
冷間鍛造とも呼び、金属の密度を上げるためのものです。
写真では伝わらないのですが、こちらの工程は機械の作業音が爆音だったため、吉澤社長の説明を聞き洩らさないよう耳をダンボにしていました。
その後、グラインダーなどの切削工具を使い、刃物の形へと削り出していく「型ずり」を行います。
「鍛接」工程もそうでしたが、「火」の要素があると鍛冶仕事!という印象が強くなりますね。
「型ずり」後には「焼き入れ」「焼き戻し」という工程を通して刃物の強度を上げた後、研ぎ関連の工程に入っていきます。
二唐刃物製造工程③
さてここからは、包丁と言えば!な研ぎ関連の工程に入っていきます。
まずは「刃付け」と呼ばれる刃を研ぎ出していく工程です。
焼き入れ後に熱がかかると耐久性が下がってしまうため、機械から出る水をかけることで、砥石との摩擦による熱を抑えながら研ぎ出していきます。
冬の時期だと手が凍えそう… :;(∩´﹏`∩);: と思いましたが、ここ数年でお湯を使うようになったと教えていただきました。職人の方々が働きやすい環境に改善していこうという心配りが伺えます。
「刃付け」が終わった後は、「研磨」の工程です。
複数の砥石・紙ヤスリを使い分けながら表面を磨いていきます。
見た目が良くなることはもちろん、錆びにくく衛生的な包丁になります。
上の写真で少し見えているのですが、刃の部分をよく見ると模様がついています。これは津軽打刃物の中でも二唐刃物鍛造所が独自に誇る「暗紋」という技術で、一つとして同じ模様が出ることはありません。
模様を際立たせるため、このように「鍛接」した素材に穴模様をつけ、それを加工していくことで…
このように、穴が模様になっていきます。これを更に研磨していくことで、下の画像のように、美しい「暗紋」となります。
模様を描いたりしているわけでなく、金属の層が重なることで模様ができるというのは何とも不思議です。
毎回異なる模様が出てくるため、唯一無二感があり、愛着も湧きそうです。
「暗紋」は地鉄と鋼の層によって出来るものなので、層が多ければ多いほど出る量が変わってきます。ものによってはなんと400もの層を作るそうです。
それだけの層ができるには「鍛接」の工程をかなり時間をかけて行う必要があり、400層の「暗紋」を持つ包丁は吉澤社長のみが製作しています。
層が多い包丁の場合は研磨も大変で、機械化した研磨機を使ってもなお1日がかりになるんだとか。
包丁1本を仕上げるにも多くの工程がかかり、それらを全て手作業で行っていることから、1週間でも約50丁しか生産できないそうです。
厚生労働省による「令和4年国民生活基礎調査」によると、2022年6月時点で全国には5,431万世帯が存在するそうです。包丁と言えばどこのご家庭でも使用するもの。5,431万丁÷50丁/週=1,086,200週となるので、日本国内全世帯に二唐包丁を行き渡らせるには約108万週≒約22,629年もの歳月が必要なのです!!
なんてこったい Σ(・□・;)
そのため、二唐刃物鍛造所さんでは今年の5月から新工場を稼働させ、生産
体制の強化を図っています。
新工場の稼働率次第では、全国のご家庭に二唐包丁常備計画の成就に向けて大幅な短縮が可能となるでしょう。二唐刃物鍛造所さんの今後の生産に大きな期待が持てるところです。
工場見学の最後には、切れ味体験もさせてもらえました!
新聞紙を包丁で切ることでチェックを行います。包丁の入れ方には若干コツがいりましたが、慣れるとスパスパ切ることができて流石の切れ味でした。業務で発生する書類もスパスパしてしまいたいですね。
鍛冶仕事への思い
新工場を見学させていただいた際、作業を行っていた吉澤 周さんにお話しを伺いました。周さんは吉澤社長の実の弟さんであり、現在は刃物事業部の部長を務めています。
―なぜ二唐刃物鍛造所で働くことを決めたんでしょうか?
周さん
「『誰もやっていない』ということが魅力でしたね。高校でも同級生で自分と同じような仕事を選ぶ人はいませんでした」
―確かに、鍛冶仕事や刃物作りを職業とする人はかなりレアですよね
周さん
「周りとは違う職種だからこそ飽きないだろう、と考えていました(笑)。あとは兄の助けとなりたい、という思いもありました」
―実際、鍛冶を仕事としてどう感じていますか?
周さん
「何よりもやっぱり楽しいというのが一番ありますね。何か1つ課題を解決しても、また次の課題が見えてくるというところはありますが(笑)
それでも周囲の環境が良く、(課題についても)聞ける仲間がいるのでとても頼もしいです」
周さんのお話から、鍛冶職人という仕事を心から楽しんでいることが伝わりました。せっかくなのでお二人揃っての写真をパシャリ。
個人的にこの写真が本取材のベストショットだと思っています。
ものづくりとしての鍛冶仕事
工房見学を終え、吉澤社長にも鍛冶仕事への思いを聞いてみます。
―先ほど弟さんから鍛冶仕事の楽しさについてお話を伺ったのですが、吉澤社長も同じような思いで職人を目指されたのでしょうか?
吉澤社長
「私は元々県外で働いていたのですが、当時会長となっていた大叔父の勧めがきっかけで青森に戻ってきたんです。仕事の内容は知っていましたが、そこで自分が働く姿が想像できず、最初は前向きにはなれませんでした。
社長の息子という立場から、職人としてだけでなく、会社の人間として外部との関わり方なども含め期待されていたこともプレッシャーだったんです」
ー社長の長男という立場だとやはり周囲からの期待も大きいんですね…そんな中でも初めて包丁を作った時は感動したりとかはあったんでしょうか?
吉澤社長
「それが初めて包丁を1本仕上げた時もそこまで感動はなかったんです笑 作った包丁には早速指摘が入りましたし、自分がやっているのはものづくりという仕事なんだと改めて実感しました」
「うれしかったのは、お客さんから『これいいね!』と言ってもらえた時でした。産業の側面があるので、普段は時間と品質のバランスに悩んだり焦ったりというところが大きく、包丁を仕上げた時もやっと片付いた~…と。第三者からの声を聞くことで、充実感が後から湧いてくる感じですね」
―一定品質の製品をコンスタントに作り続ける必要がある「生業」だからこそ、楽しさだけではない部分もあるんですね。
吉澤社長
「一人でオリジナルのものを作って良い、と言われ自分で色々と考えながら作り始めたのが自分にとって転換期だったと思います。3年くらいかかって(製作技術の)下地が出来た頃ですね」
「その後、地域おこし協力隊制度を活用して新たに職人が2人増えたり、とあるきっかけから商社の方とお付き合いが始まったことで、二唐包丁の海外展開が増えました。実は過去の二唐刃物鍛造所の売上は鉄構事業部が95%とほとんどだったんですよ。それが現在では刃物事業部が60%と半分以上まで伸びてきているんです」
―そうなんですか!過去はほとんど売上に絡んでいなかった刃物事業部が今では主力に逆転しているというのはすごいですね!ここまで成長するにあたり、何かポイントなどはあったのでしょうか?
吉澤社長
「ひとえにそれまでの積み重ねと、(刃物作りへの)責任感を持っていたことでしょうか。それと私が唯一誇れることが運の良さなんです笑
職人を増やしたい、と思ったところで地域おこし協力隊を活用することができましたし、商社とのお付き合いが始まったのも刃物の販売を強化したいと思った矢先でした。必要なタイミングで必要な人が来てくれたような感じですね」
―これまで積み重ねて来たものがあったからこそ、チャンスが訪れた時にそれを逃さなかった、ということなんですね。
今後の展望
最後に、吉澤社長から今後の展望についても伺いました。
吉澤社長
「当社の包丁は100%近くが海外への販売になっています。これは海外にも『研ぎ』の文化が根付いて来たためです。そこで、当社鉄構部門の溶接技術を活かし、今後は海外向けに『研ぎ機』自体を販売する予定です」
―研ぎ機自体を販売しようという発想はありませんでした。そこまで自社で作ってしまうのはすごいですね!
吉澤社長
「現在工房で使っている研ぎ機も自分たちで作ったものなんですよ」
―道具も自分たちで用意する必要があるところに職人の専門性の高さが伺えますね。
吉澤社長
「また先代から社長を引き継ぎ、職人だけでなく経営者として会社のことを考える必要が出てきました。私が社長になってから、より定着率を伸ばすべく、土日休みの確保など待遇面の改善も進めています。今働いてくれている職人たちが『(二唐で働いていて)良かった』と思ってもらえるよう、今後も働く環境を良くしていきたいと思っています」
―職人、と聞くと一見厳しいイメージがありますが、労働環境にも気を配っているんですね。とても素晴らしいと思います!
―最後にお聞きしたいことがあるのですが、いいでしょうか?
吉澤社長
「はい、何でも聞いてください」
―刀を作ってみたい!とはならないんでしょうか!?
吉澤社長
「実を言えば、刀もやってみたいとは思っているんですが(笑) ただ刀鍛冶となるには『刀匠』の資格が必要で、5年の修行と資格試験の突破が条件となっているんです。また、刀は『武器』なので警察にも届出を出す必要があったりと結構時間と手間がかかるんですよ」
―なんと…気軽に作ってみるか、とはいかないんですね。5年間の修行が必要となると、さすがに本業を行いながらでは難しいですね…
吉澤社長
「そうですね。なのでいずれ時間ができたら…と思っています(笑)」
―いつかまた二唐の刀が生まれる日を楽しみにしています!本日はどうもありがとうございました!
おわりに
今回、二唐刃物鍛造所さんにお邪魔して、包丁製作の鍛冶仕事を見せていただきました。
伝統工芸品である「津軽打刃物」として作られている二唐包丁には大変な時間と手間と技術の結晶なんだなということをひしひしと感じました。
繊細な職人技を実際に見ることができ、貴重な機会となりました。
皆さんが自分の仕事に真摯に取り組み、その結果が「二唐包丁」という製品にダイレクトに出てくるところは役所仕事と全く異なる世界で、シビアな反面やりがいを強く感じられる世界なんだろうなと思います。
自らの技術の研鑽に励む職人の方々はとてもかっこいいものでした。
(取材当日は懐の都合もあり購入できなかったのですが)私が普段使っているのは何千円もしないような安い包丁のため、この機会に二唐包丁にステップアップすることを検討したいです。
皆さんも、普段の料理のお供として、青森の伝統である津軽打刃物「二唐包丁」を使ってみてはいかがでしょうか。
おまけ
今回弘前へ訪問するにあたり、職場の先輩諸氏から「弘前に行くんだったら絶対アップルパイを食べた方がいいよ!」と聞いていたため、【お昼休憩の時間を利用して】アップルパイを食べて来ました。
弘前はアップルパイを推しており、アップルパイMAPなるものもあったのですが、今回は事前にリサーチしていた「大正浪漫喫茶室」へ。弘前城近くの藤田記念庭園内に併設してあるカフェとなっています。
スタンダードにアップルパイとドリンクのセットを注文。アップルパイは6種類から選ぶことができます。
見てくださいこのツヤ!
外はサクサク、中はシャクシャクで上品な甘さです。
本当はここで長文食レポを書きたかったのですが、ボキャブラリー不足であまりに筆が進まなかったので「とにかくウマかった」という感想で締めさせていただきます。
藤田記念庭園は弘前駅から100円バス一本で行けるアクセスの良さなので、弘前へお越しの際は皆さんもぜひアップルパイを食べましょう。